米ウォール街の実力者
シティやメリルも一目置く
米大手資産運用会社ブラックロックの創業者で、会長兼CEO(最高経営責任者)のローレンス・フィンク氏(56歳)は、常にポケットの中に分厚い紙幣を入れている。今、それはユーロ、中国の人民元、日本円、香港ドルと湾岸諸国の紙幣で占められている。
そうする理由は、1カ月内にこれらの通貨を使う可能性があるからでもあるが、どんな金融資産であれ価値が急変し得るということを肝に銘じておくという意味が大きい。実際、ドルがポケットの中のすべての通貨に対してどれだけ下げたか、フィンク氏は次々と説明してみせる(もっとも、彼は最近、ドルにやや楽観的になった)。
フィンク氏は金融市場における逆風の影響を強く認識している。20年近く前に創業したブラックロックが約1兆4000億ドルの運用資産を誇る世界屈指の資産運用会社になった1つの理由はそこにある。
大方の金融機関が信用危機で痛手を負っている今、ブラックロックはかつてないほど輝いている。5月初旬、同社はスイスのUBSから額面200億ドル分の住宅ローン関連資産を150億ドルで買い取った。3月には米連邦準備理事会(FRB)の要請を受け、米ベアー・スターンズが抱える290億ドル分の住宅ローン関連資産の運用を引き受けた。昨年12月には経営難に陥ったフロリダ州の投資基金(運用資産140億ドル)を支援する権利を獲得した。
人並み外れた野心と競争心
フィンク氏がウォール街で脚光を浴び始めたのは最近になってだが、ここ何年も彼ほど同業者から尊敬を集めた人はいない。危機に直面したシティグループ、メリルリンチ、モルガン・スタンレーの取締役会は、こぞって自社のトップ就任をフィンク氏に打診した(メリルリンチは、彼が余計なことにまで口を出しそうな質問をしたために手を引いたとされる)。
先に開催された主要7カ国(G7)財務相会合に一握りの金融機関代表として招かれたことは、フィンク氏の地位を裏づけている。数カ月前からヘンリー・ポールソン米財務長官らに働きかけてきたように、彼は各国財務相に対して規制のあり方を改善するよう助言した。主に銀行を念頭に置いた現在の規制は陳腐化しており、規制対象にプライベートエクイティ(非上場株)の投資会社やヘッジファンドも含むべきだというのが彼の主張である。
フィンク氏の出自は意外につましい。父親は靴の販売員で、本人は、自分の性格はロサンゼルス郊外の労働者階級の町で育ったことで形成されたと話している。米カリフォルニア大学ロサンゼルス校で政治学の学位とMBA(経営学修士)を取得した後、1976年にニューヨークに移住し、ファースト・ボストンに就職した(フィンク氏は最近、母校に1000万ドル寄付した)。
一見そうは見えないが、野心と競争心は人並み外れている。約30年前に資産担保証券の市場を作ったのが、フィンク氏と当時ソロモン・ブラザーズにいたルイス・ラニエリ氏。この2人が相手に先んじて新たな証券化商品を作ろうと競った結果、生まれたのだ。フィンク氏は27歳にしてファースト・ボストンの最年少取締役に就いた。
ブラックロック社長のロブ・カピート氏とフィンク氏の2人によれば、彼らが最も大きなリスクを取ったのは、88年にファースト・ボストンを去って資産運用部門を設立するために創業したばかりのブラックストーンに転じた時だ。
95年、フィンク氏は壮絶な対立を経て同社と決別。複雑極まりない金融の知識と直感的な人を見る目を武器に、自らブラックロックを起業した。数学の専門知識があるわけではないが、バランスシートを反射的に把握する能力があると同僚は口を揃える。
ブラックロックのビジネスモデルは「反ウォール街」と呼ぶにふさわしい。「ウォール街は証券を売るための技術にすぎない」とカピート氏。「我々は、証券を保有する人々のためのプラットフォームを開発することが目的だった」。例えば、ブラックロックは顧客の資産運用と助言だけ行い、自己売買はやらない。自己資本で売買して顧客と競うようなことはしないのだ。
富を公平に分かち合う
「彼の私生活は非常に控えめ」と話すのは、メリルリンチ共同社長のグレゴリー・フレミング氏だ。同社の資産運用部門は2006年にブラックロックに吸収された。「人にはあまり分からないが、彼には成功への強い熱望がある」とフレミング氏は言う。
ただし、最近のフィンク氏は贅沢な趣味も持つ。フォークアートやピノノワールの高級ワインを収集したり、アスペンの宝飾店を買ったりもした。8人のパートナーと、ロックバンド「マルーン5」のレコード会社オクトーン・レコーズを所有しており、今もマンハッタンのロッククラブに出入りする。昨年、フィンク氏は本紙(フィナンシャル・タイムズ)に、音楽業界への投資は「一定の若さを保つための仕組みだ。音楽は子供の頃からの趣味」と語っていた。
大方のプライベートエクイティ会社に比べ、ブラックロックの創業メンバーは富を広く分かち合っている。「事業を築くために、誰もが成功の分け前にあずかれるよう、株式の分配には公正を期した」とカピート氏は振り返る。ブラックロックの価値が250億ドルに達した今、フィンク氏の持ち株は2億5000万ドル以上に上る。
ブラックロックの成功は主に最先端のリスク分析によるところが大きいが、戦略的な経営判断はフィンク氏が下してきた。彼は20年間に及ぶ債券市場の強気相場に乗り、次に株式に打って出た。その後、買収、多角化を進め、今や株式、不動産、ヘッジファンド、コモディティー(商品)を手がける一大勢力になった。
これらの多事業展開はウォール街きっての実力者となったフィンク氏の人脈の広さによるものだ。彼の社交性は、ニューヨーク証券取引所の会長だったリチャード・グラッソ氏の報酬を巡る取締役会の激論に顕著に表れている*1。一連の騒動の中で、彼は最後まで役員全員と話し合える関係を保った数少ない関係者の1人だったのだ。
その人脈は世界にも広がる。サウジアラビアと中国を頻繁に訪問(ただ中国では鳥やアヒルの足は決して食べない)。近く日本を訪れ、日本銀行の新総裁と昼食を共にする(途中、機内でアインシュタインの自伝を読み終えるつもりという)。顧客とも会い、信用危機は最悪期を脱したという慎重ながらも楽観的な見方を議論する予定だ。
しかし、価値が急減した住宅ローン関連市場への進出は、ブラックロックにとって過去最大のリスクとなるかもしれない。同社も創業者も今、かつてない注目と嫉妬の対象になっている。「無名でいるのが気に入っていた」とフィンク氏は嘆くが、もし今回の賭けが裏目に出たら、彼の評判も瞬く間に落ちていくだろう。
2008年5月26日 月曜日 FINANCIAL TIMES
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